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東京地方裁判所 平成7年(ワ)20008号 判決

原告

関和子

右訴訟代理人弁護士

森永友健

被告

朝日生命保険相互会社

右代表者代表取締役

若原泰之

右訴訟代理人弁護士

本島信

右訴訟復代理人弁護士

大澤政道

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一  原告の請求

被告は原告に対し、一五〇〇万円及びこれに対する平成五年一二月二五日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

原告は、原告の亡夫の死亡による保険金のうち、既払分を除く災害割増特約及び傷害特約(以下「本件特約」という)による保険金の支払を求める。

右特約には、被保険者が法令に定める酒気帯び運転又はこれに相当する運転をしている間に生じた事故については保険金の支払を免責される旨の定め(以下「本件免責条項」という)があるところ、被告は原告の亡夫が酒気帯び運転をしていた事実を理由に右保険金の支払を拒むのに対し、原告は、同人には当時酒気帯び運転の故意がなかった旨主張する。

一  争いのない事実

1  原告の夫である亡関良明(以下「関良明」という)は、平成二年五月一日、被告との間に、次のとおりの生命保険契約を締結した。

(1) 保険の種類 定期保険特約付普通終身保険

(2) 保険契約者 関良明

(3) 被保険者 右同人

(4) 保険期間 主契約につき終身、定期保険契約につき一〇年

(5) 保険金額

① 主契約 死亡保険金五〇〇万円

② 定期保険契約 特約死亡保険金

五〇〇〇万円

③ 災害割増特約 災害保険金

一〇〇〇万円

④ 傷害特約 災害保険金

五〇〇万円

合計 七〇〇〇万円

(6) 保険金受取人 原告

2本件事故の発生

関良明は、平成五年一二月一一日午前五時四五分頃、横浜市緑区千草台五一番地、東名高速道路上り14.3キロメートル付近路上において、普通乗用自動車を運転中、訴外冨永健治運転の普通貨物自動車に衝突した。

関良明は、右の事故により胸部打撲による内臓破裂の傷害を負い、同日午前七時三五分死亡した。

3  被告は、同年一二月二四日、前記保険金のうち、①死亡保険金と②特約死亡保険金の合計五五〇〇万円を原告に支払った。

4  本件特約(③災害割増特約及び④傷害特約)には、本件免責条項がある。

5  関良明の遺体からは、血中アルコール濃度1.15mg/mlが検出された。

6  被告は、右5の事実が本件特約の免責事由に当たる旨主張して、同特約に基づく前記災害保険金合計一五〇〇万円の支払をしない。

二  争点

(原告の主張)

1 被告が本件特約の免責事由を主張する以上、被告は、関良明に確定的な酒気帯び運転の故意があったことを立証する責任がある。

(1) そもそも酒気帯び運転中の事故を保険金支払の免責事由とした目的は、道路交通法六五条、一一九条一項七号の二の趣旨を貫徹させることにあり、また、保険契約を締結する双方当事者の意思解釈からすれば、免責事由たる酒気帯び運転に該当するためには、被保険者に酒気帯びの認識が必要である。

(2) 酒気帯び運転の故意とは、第一に、自己の体内にアルコールが残存していると認識すること、第二に、その量が安全運転に対する危惧感や、遵法精神違反を感じさせる程度のものであることの二要素からなるところ、本件において被告は右の故意について何ら立証しない。

なお、被告の主張では、酔いざめへの経過中の血中濃度が個体にどの程度の影響を与えるのかの因果律が明らかでない。

2 次に、関良明には、本件事故の当日、酒気帯び運転の故意を阻却する特別な事由と科学的根拠がある。すなわち、

(1) 同人は、事故前日、勤務先の池田物産株式会社の忘年会に参加し、午後六時三〇分頃から一次会が始まり、ちゃんこ料理を食べ、午後八時三〇分頃から二次会に参加したが、翌日は早朝に栃木の自宅に帰る予定であったので、酒は控えめにしていた。そして、午後一一時前頃にはラーメンを食べ、午後一二時頃社宅に帰宅した。

(2) 右のように、同人は、事故の前日は深酒しておらず、第三者の観察からも酔っている風ではなかったうえ、社宅で一泊して就眠したものであり、右の事情からして、第一に、同人には、飲酒に引き続いての酒気帯び運転の故意がなかった。

第二に、体内にアルコールが残存していることを認識することはできなかった。少なくとも同人は、事故当日には、自分の体内にアルコールが残存していないと認識していた可能性がある。

(3) 同人の遺体から検知されたアルコールの前記血中濃度は、器具を使っての結果論である。この量の認識を同人は認識することはできない。人が酒気帯び運転と認識するだけの量を体内に保有していると認識するには、本人の自覚によらざるを得ず、その自覚は、具体的には安全運転への危惧感とか警察に見咎められたらまずいとかいう違法性感に頼るしかない。

本件事故当日の関良明には、このような認識もなかった。

3 よって、原告は被告に対し、本件特約による前記災害保険金合計一五〇〇万円と、これに対する被告の一部支払のあった日の翌日である平成五年一二月二五日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(被告の主張)

関良明の遺体から検知された前記血中濃度は、酒気帯び運転のうち罰則をもって取り締まられる最下限値の2.3倍もの量であり、アルコールの影響により正常な運転ができないおそれがある状態であった。

したがって、右のような血中濃度が認められれば、特段の事由がない限り、酒気帯びの認識があったものと当然推定されるものであり、仮に原告主張のような事故前日の事実関係があったとしても、これが特段の阻却事由に当たらないことは明らかである。

したがって、本件は前記の免責事由に当たることが明らかである。

第三  争点に対する判断

一 本件免責条項の適用の前提となる酒気帯び運転の存否について、当該運転者に故意の立証が必要であることは原告主張のとおりであるが、本件において、関良明の遺体から検出された血中アルコールの濃度が前記争いのない事実のとおり高い数値を示していたことからすれば、酒気帯び運転の故意を阻却すると認めるに足りる特段の事情がない限りは、右の故意があったと事実上推定されるものというべきである。

そこで、右の推定を覆す事情があったか否かにつき判断するに、右争いのない事実及び証拠(乙第五号証、証人小嶋一浩の証言)によれば、関良明は、本件事故の前日午後六時半頃から飲酒を始め、一一時頃まで会社の同僚とともに飲酒し、その後ラーメンを食べ、午前零時半頃社宅に帰宅したこと、飲酒の量はさほど多くなく、ひどく酔った風には見えなかったが、正確な飲酒量は明らかではないこと、本件事故はその日の午前五時四五分頃発生したが、右社宅から本件事故現場までは車で約三〇分から四〇分ほどの距離にあることから、同人は当日午前五時過ぎには右社宅を出発したものとみられること、本件事故の態様は、前記訴外冨永の運転する普通貨物自動車のタイヤがバーストしたため高速道路の中央分離帯付近で停車していたところ、後続の関良明運転の普通乗用自動車が右貨物自動車の左後部付近に追突したものであること、

以上の事実が認められ、他に反証はない。

右のように、関良明は、事故の前日の飲酒の量はさほど多くなく、一旦は就眠している事実が認められるものの、右前日には相当長時間にわたり飲酒し、就寝したのは午前零時を回っていたものであり、しかも早朝には起床して自動車の運転を開始したというのであるから、右の事実関係のもとにおいては、本件事故当時、同人の酒気帯び運転の故意の推定を覆すに足りる特段の事情があったとは認められない。

この点に関する原告のその余の主張は採用できない。

二  右によれば、関良明には本件特約の免責事由に該当する事実があったと認められるから、同特約に基づく前記保険金の支払を求める原告の請求は理由がない。

よって、原告の請求を棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官大和陽一郎)

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